株式会社パシフィックウエーブ 代表取締役・田中啓介のブログです。

2012年7月1日日曜日

目的と目標(その4 真の政治家)

少し前に地元選出の衆議院議員の小原舞さんから「民主党の党員になってもらえないか?もし党員が無理ならサポーターでもいい」という依頼を受けた。私自身は小原舞議員の活躍に期待しているから小原さんをサポートする意味でサポーターになった。現在、小沢一郎を筆頭に民主党の議員自身が離党しようとしている状況であり、党員自身が民主党に見切りをつけようとしている中でなんで我々一市民が民主党の党員になれるであろうか?我々経営者からすると金額を記入しないで手形を振り出すようなものだと思う。

今日大飯原発が再稼動した。今の政府は再稼動までにすべきことを怠ったままの見切り発車であることは、賛成派も反対派も全ての国民が認めている。あくまでも金というモノサシに振り回されてしまい、真の国民生活の平和と豊かさを見失っているといっても過言ではないと感じている。

昨年の末に民主党の京都大会があり、小原議員の支持者として参加した。そこで民主党の最高顧問である藤井裕久議員が「民主党議員の皆さんは政治家として50%の力を注ぎ、政治屋として50%の力を注いで活動をしてください。要するに国民のことを考えた政治家としての活動は50%で、そして次の選挙に勝つための政治屋としての活動を50%行うべきである。」という挨拶をしたのである。そもそも国民の喜びを我が喜びとして100%の力を注いで活動することによって、結果として多くの国民が支援することによって真の政治家が生まれ育つものではないのか。政治家としての評価は全て国民にゆだねるべきであり、自ら自己の地位の保全を目指してはならないものではないのかと考える。この挨拶に多くの参加者が拍手をしていたが、私はこの時に民主党に期待はできないと感じ、拍手はとてもできない気持ちになった。あの挨拶に拍手を送る支持者という一部の国民がいる限りすべての国民にとって最善の政治は望めそうに無いと実感した。

要するに「100%全力で政治家として国民の喜びを目的とした活動はしません、そして自己の地位の確保という目標達成のために議員活動の半分の力を注ぐことを目指します」、と明言する政治屋としての本当の姿を垣間見たと感じている。政治屋は当たり前のように「国民のための政治を・・・」というがとてもその言葉が実感できない。なぜなら「人の為と書いて偽りと読む」とは昔から言われている。真の政治家には「国民の喜び=我が喜び、要するに政治家として自分自身が喜ぶために国民の喜ぶことに最善の努力をし続ける」としっかりと明言し続けてほしいものである。政治家としての既得権益や収入を重要事項として考えているようでは、それは政治屋であり真の政治家には程遠いと思う。

どんな仕事でもお客様の喜びを我が喜びとして100%全力投球で仕事をしている人の背中からは感動が伝わってくる、しかし50%の力で仕事に取り組み、金を儲けることに50%の力を費やしている人の背中からは感動どころか哀れさを感じるのは私だけであろうか。
「素人には政治はできない」と答えた政治屋がいたが、この言葉を発した玄人の政治屋自身が今の日本にしてしまったという事実にまだ気づいていないのは国民として悲しいことである。もうこれ以上、政治屋に国を任せることはしたくない。真の政治家を選び、育てなければならない時にきていると思う。

大飯原発再稼動反対のデモのパワーが新しい真の国づくりのきっかけになることを祈りたい。