ジェルトロン開発者・田中啓介のブログです。

2018年11月16日金曜日

「希望に満ちた舞鶴」からの質問と回答

前回お伝えした、10月16日の城南中学校での講演会の後で生徒諸君から三つの質問を頂いたので、ここで回答させて頂きたいと思います。

質問①「人のために頑張る、というのは例えばどんなことがありますか?」(1年生)

身近な例では、お父さんやお母さんのお手伝いをすることがあると思います。純粋にお父さんやお母さんを喜ばそうと考えてお手伝いをすると、お父さんやお母さんの笑顔と共に「手伝ってくれてありがとう」という感謝の言葉をもらうことが出来ます。すると心がとてもあたたかく嬉しくなります。でもお駄賃をもらうためのお手伝いだと、お駄賃の額によって多ければ嬉しいし、少なければ残念に思ったり腹が立ったりします。お手伝いの内容によって、自分自身の心の中で勝手にお駄賃の額を決めてしまい、「100円くれるなら手伝うよ!」というふうに交渉してしまうようになります。さらには金額に応じた手伝い方になってしまいます。これだと、金儲けを目的にして仕事をしていることと同じになり、お客さんの喜びを自分の喜びとして感じることが出来なくなってしまうのです。お金を儲けることは大切なことですが、これは人生において目標でしかなく目的にはなり得ません。社会に於いてはどんなものにも価格があるわけですが、お客さんが納得して頂ける価格を決めることはとても難しいことです。お金という物差しを取り外して、心から人を喜ばせて自分自身が喜べることができた時、とても幸せな気持ちになります。だからどんなことでも人のために頑張ったつもりでも本当は自分自身が幸せになるために努力しているということになると思うのです。でももし人を喜ばせようとして努力しているにもかかわらず、自分自身の中で苦しみばかりを感じて、今だけじゃなく将来においても何一つ喜びを感じることが出来ないと思う行いなら、ひとまずそれを止めてみて冷静に広い視野で考え直すことも必要だと思います。

質問②「田中さんにとって睡眠とはどのようなもので、なぜここまで人々の役に立つものを開発できたのですか?」(2年生)

私にとってというより、生き物にとって睡眠とは生命維持の基本となるもので、呼吸の次に食事や排せつと共にとても大切なものだと思います。睡眠を効率よくとることが出来れば自然治癒力が高まり、健康な状態を維持しやすくなります。そこで快適な睡眠を得ていただくことが出来るよう睡眠環境としてもっとも重要な敷き寝具の開発をしようと決め、それも今まで日本になかった素晴らしいものを作って人々を驚かせようと考えました。そして約25年前に日本人に適したウォーターベッドを開発し、日本の有名なウォーターベッドメーカーの供給元として日本中でブームをつくったのです。でもウォーターベッドにはいくつかの弱点がありましたから、これをすべて解決することが出きればもっと多くの人々が驚き喜んでくれて「あなたのお陰でこんなに健康になれました」と感謝の声を頂くことができると考え、何とかジェルトロンという商品を開発することができました。そして現在も人の役に立てたという喜びを実感するのを楽しみに更なる素晴らしい商品の開発を続けています。

質問③「田中さんが会社をつくるにあたって、一番最初に目的にしたことや、信用・信頼した人はいますか?」(2年生)

私が自分の会社をつくるにあたってまず会社の「理念」を考えました。それを社是として「パシフィックウエーブは睡眠環境を通じ人類の魂・精神・肉体の健康向上に奉仕する」と決めました。社是を実践することによって「人々に喜んでいただき、その姿を見て自分たちも喜ぶ」ということを会社の目指すべき目的として毎日の仕事をさせて頂いています。その後ウォーターベッドからジェルトロンに進化する上で人類だけでなく地球上の生命体(陸生動物)すべてに活用できる睡眠環境の開発を目指すべきであると考え、ジェルトロンのロゴマークにはGEL PRODUCTS FOR TERRESTRIALという言葉が入っています。そして現在ジェルトロン商品は動物用としてもご利用いただいております。TERRESTRIALというと聞きなれない単語ですがE.T(EXTRA‐TERRESTRIAL)という映画をご存知の方が多いと思いますが、地球外生命体ということです。最後に信用・信頼した人についてですが、私たちは様々な人とのご縁によって生きているわけですから、私は先ずは人に対して性善説で考えるようにし、基本的に人を信用するところからご縁が始まると考えています。ようするに読んで字の如く「信じて用いる」関係の人は私にはたくさん存在します。しかし、信頼という「信じて頼る」関係の人は人生の中で部分的に成り立つものだと考えます。例えばお医者さんに手術をしてもらうといった場合は麻酔の効いた自分でどうすることもできない状態ですから、お医者さんに頼って自分の命を任せる関係です。もう一つの事例として、信用関係というのは「直立の私が後ろに倒れていくのでケガをしないようにしっかりと支えてね」とお願いして倒れていったとき、自分が考えているタイミングで支えてくれないと感じた瞬間に手と利き足を後ろに出してケガをしないように自分で自分を守る関係であると考えます。しかし信頼関係というのは支え役の相手にすべて任している状態ですから、支え役が失敗して自分が大ケガをしても支え役の人を一切責めず、自分が頼ったという事実を受け止めることのできる関係です。ですから仕事において、ある業務に関しては信頼して任せるといった部分的な信頼関係はありますが全面的な信頼は、してもされても困ることになると考えます。世の中に信用金庫があっても信頼金庫が無いということでもよくわかると思いますが、特にお金に関しては常にいざという時は自己責任で対処しなければならない信用関係が基本ということです。しかしながら「睡眠環境に関してはパシフィックウエーブに頼ろう、もしそれでダメなら諦めよう」と思って頂けるくらいにお客様から信頼を頂ける製品づくりとサービスを進めていきたいと考えています。

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2018年10月26日金曜日

希望に満ちた舞鶴

10月16日に城南中学校で同窓会主催による講演会を開催頂き、479名の生徒と先生や御父兄等の皆さんにお話をさせて頂いた。45分の講演は私にとっては短い時間だが、生徒の皆さんにとっては体育館で床に座った状態なので長く感じられたことと思う。その状況の中で生徒の皆さんの聴く態度は素晴らしかった。

この度の講演タイトルが「舞鶴の下町ロッケット」ということで、弊社商品がなぜロッケットに該当するのかという説明と共に今までの弊社の歩みを話させて頂いた後、以下の内容についてお話させて頂いた。

まず第一に、人生の目的は自分自身が幸せに生きるということ。その過程としてまず周りの人を幸せにすることが大切であり、人の喜びをそのまま自分の喜びとして受け止めることの大切さ。要するに貴方の一つの行いによって人から感謝されたり、人の役に立ったと実感できた時、幸せな自分自身がそこに存在しているということであると思う。人の為と書いて偽りと読むように決して人の為に生きるということではない。一つの行いが儲けに繋がるとか、楽できるといった直接的な自己満足だけで完結される行いには真の幸せは実感できないということをお話しした。

第二は、お金は使い道を決めてから儲け方を考える。その使い道にも人の役に立つ使い道が大切で儲けて貯めることばかりを考えていては、食事と同じで便秘状態になり病気になってしまう。お金は上手に循環させることを基本として、家族や友人やお客さんといった自分に関わる人々を喜ばす使い方をすれば必ず素晴らしいご縁が育まれることになるとお話しした。

第三に複数の視座を持つことの大切さ、視座というのは見る位置であり、それが複数あるということは複数の価値観で物事を捉えて考えるということ。価値観が複数で多様的になれば何事においても新たな発見がしやすくなり、人の価値観を受け止めやすくなるので、人に対して優しくなれるのだということをお話しした。

そしてまとめとして、ある病院に於いて2カ月という余命宣告を受けた人々が看護師に残したメッセージを紹介した。そのメッセージとは「人の目を気にしないで自分自身に忠実に生きればよかった」「もっと友達を大切にすればよかった」「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」というものであり、誰も「もっとお金持ちになりたかった」「もっと有名になりたかった」といったお金や地位や名誉といった内容は無かったとのことである。それなのに人間は元気なうちは、お金の尺度に振り回されて生きているのではないだろうか。要するに人間の究極の幸せは「自分らしく、人への思いやりを大切にし、人生を楽しむ」ということになるとお伝えした。

そして講演の終了後に生徒会長から「生きることの目的意識を持って目標の高校・大学を決め、しっかりと学んでいきたい」との力強い宣言とも思える素晴らしい謝辞を頂き、舞鶴の未来は希望に満ちていると実感し、心から賛辞の拍手を贈らせて頂いた。
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2018年9月28日金曜日

超能力とクリスタルボール

10月6日16時半から五老ヶ岳でクリスタルボールを体感いただくイベントをFM舞鶴さんの企画で開催させて頂く。本来は9月15日の予定であったが雨の為に延期となっていた。私がクリスタルボールを手に入れたのは約25年前にアメリカンインディアンの聖地であるアリゾナ州セドナから取り寄せたのもで、当時は日本にある最も大きなサイズのものであったと記憶している。インディアンも儀式のときにクリスタルボールを使用しているとのことで、その音色は非常に宇宙的で神秘的ともいえる。音楽を聴くというよりは音色を全身で吸収するという表現がふさわしいと思う。人間の体に存在する七つのチャクラと共鳴し、体が本来有している自然治癒力や自律浄化機能を活性させることにもつながり、自分らしく生きることへの自信が溢れてくる、そんな不思議なモノなのである。五老ヶ岳でのクリスタルボールのイベントはもう10年以上前に一度だけ開催させて頂き約100名の方々にご体感いただくことが出来た。演奏中にUFOらしき飛行物体を見たという方があり、とても盛り上がった。今回のイベントでは私の宇宙観のお話もさせて頂くと共に、FM舞鶴の番組の「寝ても眠れない日本人へ」の公開録音も開催予定である。

チャクラは肛門の少し前あたりに第1チャクラ(赤色)があり、丹田が第2(オレンジ色)、みぞおちが第3(黄色)、胸の真ん中が第4(緑色)、喉ぼとけの下あたりが第5(青色)、額の真ん中が第6(藍色)、頭頂が第7(紫色)となる。それぞれに特徴的な意味が存在し、これらチャクラを意識し稼働させるイメージを持てば生活リズムが安定し、健康に生活しやすくなる。


私は子供のころから超能力的な現象による不思議体験を重ねてきただけにこのクリスタルボールの持つ不思議な力に魅せられた。超能力というととても縁遠く感じるが、人はみんな超能力を持っていると言って過言ではない。なぜなら超能力を英語で表現するとESP (Extra Sensory Perception:感覚外知覚)ということであり、エキストラという言葉はレギュラーにたいして表現されると考えると、人間のもつレギュラーの感覚は五感であるから、この五感に属さない知覚は第六感として全て超能力ということで大らかに解釈すればいいと考えている。そしてこのESPにerをつけてESPer(エスパー)超能力者というわけである。差はあれども人間はみんな無意識のうちに五感以外の知覚を活用して生きていると思うので、みんな超能力者と言えると思うのである。クリスタルボールを体感いただきチャクラを活性化させることで、意識して超能力を活用することの面白さに気づいていただく方が増えるとするなら、まさに望むところであり、その方とのご縁を末永く育ませて頂ければ幸いである。

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2018年8月24日金曜日

知覧の特攻から学ぶ 戦争の愚かさ

8月は広島・長崎が被爆し、そして終戦となったことから戦争についてしっかりと考える月であると思う。私は毎年8月になると鹿児島県の知覧で体験したことを思い出す。そこには知覧特攻平和会館があり、そのすぐ近くに富屋食堂がある。この食堂を経営していたのが鳥濱トメさんという、特攻隊員にとってお母さん的な存在であった。この食堂は軍の指定食堂にもなっていたので知覧から出撃した殆どの隊員がここを訪れている。

昭和20年6月5日、明朝に出撃することになった宮川三郎軍曹(のち少尉)が富屋食堂で二十歳の誕生日祝ってもらっていた。そして彼は「俺は明日、この時間にホタルになって帰ってくるので帰ってきたら同期の桜を歌ってくれよ」と言い残して飛び立った。そして翌日トメさんと娘と出撃前の隊員たちが食堂にいた時、扉の隙間から一匹のホタルが舞い込んできた。娘さんが「宮川軍曹が帰って来られました‼」と叫び、全員で涙を流しながら同期の桜を歌った。それからホタル館富屋食堂と呼ばれるようになった。

もう一人私が忘れることが出来ない特攻隊員として藤井一中尉(のち少佐)がいる。彼は熊谷陸軍飛行学校で「精神訓話」の教官をしていた。当時、精神訓話といえば、軍人精神を叩き込む大切な教科であり、そんな彼は「事あらば敵陣に、敵艦に自爆せよ。俺もかならず行く」と口癖のように言っていた。(多くの他の教官も同じことを言っていたが実行した者はほとんどいなかったとのことである)

そして自分の教えを守り、教え子のほとんどが戦死していく状況にいたたまれず、彼は軍本部に「自分も出撃させてくれ」と申し出る。しかし彼はシナ事変で腕を負傷しており、飛行機の操縦は難しい状態であったことに加え、妻子があり、有能な教官であるため出撃させることを軍本部は認めなかった。しかしながら藤井中尉は何度も何度も出撃申請をした。そのことを知った妻ふく子は思い止まるよう藤井に懇願したが夫の考えが変わらないことを悟ったのである。そして藤井が週番司令として一週間宿泊勤務するため家を留守にした1944年12月14日、ふく子(24歳)は二人の子供に晴れ着を着せ荒川に身を投じたのである。翌朝、次女千恵子ちゃん(1歳)をおんぶし、長女一子ちゃん(3歳)の手と自分の手をしっかりとひもで結んだ3人のお雛さんのような遺体が発見された。自宅で藤井が見つけたふく子の遺書には「私たちがいたのでは後顧の憂いになり、存分の活躍ができないことでしょう。お先に行って待ってます」と書かれていた。

この後、軍本部は藤井中尉の要望を聞き入れ出撃を認めた。出撃近い日に藤井も富屋食堂にて食事をしたとのことである。そして長女の一子ちゃんに宛てて遺書を残している。

『冷え十二月の風の吹き飛ぶ日、荒川の河原の露と消し命。母とともに殉国の血に燃ゆる父の意志に添って、一足先に父に殉じた哀れにも悲しい、然も笑っている如く喜んで、母とともに消え去った命がいとほしい。父も近くお前たちの後を追って行けることだろう。嫌がらずに今度は父の暖かい懐で、だっこしてねんねしようね。それまで泣かずに待っていてください。千恵子ちゃんが泣いたら、よくお守りしなさい。ではしばらく左様なら。父ちゃんは戦地で立派な手柄を立ててお土産にして参ります。では、一子ちゃんも、千恵子ちゃんも、それまで待ってて頂戴。』

1945年5月28日、腕に障害があり操縦ができない藤井一中尉は教え子の小川彰少尉の操縦機に通信員として搭乗し、アメリカ駆逐艦ドレクスラーに命中し特攻死(29歳)したのである。

ある記録によると、特攻作戦を発令したといわれる海軍中将・大西瀧治郎は自ら特攻を「外道(げどう)の戦法」といい、ここまでやったら天皇陛下が「もう戦争を止めよう」と言うだろうと期待していた。しかし、その願いは届かず、天皇は「体当たり機はよくやってくれた」と答えたことによって特攻作戦は続行された。さらに、特攻隊員第一号として指名された(志願ではない)関行男大尉は「僕のような優秀なパイロットを殺すなんて、日本もおしまいだ。天皇陛下のためとか日本帝国のためではなく妻を護るために行く。最愛の者のために死ぬ」と言い残して出撃した。しかし関大尉が特攻出撃した翌日、新聞は「神風・関大尉!日本を守る」と報じたのである。真実を伝えることが難しい状況であったとはいえ新聞社の何と愚かな行為であろうか。現在の日本においても金銭尺度を重視する人々によってこれに類する行為がなされないようにしなければならないと思う。

人として生きることの目的を考えた時、それはすべての人々がそれぞれ幸せに生きることであると思う。万人一人ひとりの様々な視座で、そして様々な視点で見ても戦争という行為は真の幸せには通じないと思う。宮川軍曹と藤井中尉の人生を自分自身に置き換えてみることで戦争の愚かさをしっかりと肝に銘じたいと思うのである。
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2018年7月24日火曜日

自然災害から何を学ぶのか

マスコミは「日本全体が地震、大雨、酷暑とたて続けに自然災害に見舞われている」と報じており、常に災害対策を意識して準備しておくことはとても重要なことである。しかしこの状況を自然災害と言っていいのかと疑問に思う。これには二つの理由があり、一つは地球誕生から約46億年という永い時間経過の中で地球はその表面の地形という表情を常に変えながら今日に至っている。地形の変化があるときは必ず地震が伴うわけで、地震は地球が生きていることの証であると思う。そもそも人間も地球という環境の構成要素の一つであると考えると、これを災害と言えるのかということである。人間の視座に立てば災害となるわけだけれど、地球の視座に立てば日常の活動ということになる。我々は古代の人々のようにもう少し地球に対して畏敬の念を持つことが必要なのではないかと思う。

さらに約46億歳という地球の現年齢を人間の寿命としての80歳に当てはめてみると、人間の1年間が地球にとっては5,750万年に値し、1時間が6,564年、1分間が109年ということになり、人間にとっての1秒間は地球にとって2年近い時間ということになり、人間の寿命である80年は地球の現年齢においてたった約40秒という一瞬にしか過ぎないことになる。特に今日までの60年(地球の現年齢を人間の寿命に置き換えると約30秒)という地球にとって一瞬の間に人間は地球の健康に被害をもたらす様々な自然環境破壊を行ったことになる。79年364日23時間59分30秒前には殆ど存在していなかった自動車・原子力発電・電気製品・プラスティック製品などの自然素材ではない人工加工物の製造過程やそれらの使用によって温暖化やオゾン層の破壊などを発生させ地球の健康状態を悪化させたということである。

ようするに我々人間が地球の生涯に影響を及ぼすような大事故を一瞬のうちに発生させてしまったということであり、その大事故によって地球の健康状態が悪くなった結果として酷暑や大雨をもたらしているにも拘らず、原因をつくった加害者である人間が被害者である地球の活動に対し自然災害というのはあまりにも身勝手と言えるのではないだろうか、というのが二つ目の理由である。

よく似た事例として、がん細胞は自分が成長することで自分に栄養を与えてくれる人間の体まで滅ぼしてしまい、その結果自分自身も死んでしまうことになる。永く生きることを考えることができる細胞ならどこかの時点で人体への影響を考え、調和のとれた共生できる生き方に切り替えできるはずである。我々人間は地球の構成要素という一つの細胞として地球に対して正しく切り替えた対応ができる智恵と力と勇気も持っていると私は信じている。そしてそれを実践するには政治や経済活動すべてにおいて金銭尺度を外し、「利他の心」を基本とすることが特効薬だと考えるが如何であろうか。

商売においても目先の利益を追求しすぎるとお客さんが見えなくなり、お客さんから必要とされなくなり倒産してしまうことになるが、これもがん細胞の生き方と同じだとは言えないだろうか。
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2018年6月26日火曜日

日大アメフト問題といじめ

日本中を騒がせた日本大学アメリカンフットボール部の悪質タックル問題で、6月21日に関東学生アメフト連盟はタックルをした宮川選手からに反省文を受け取り、そこには「指示があったとはいえ逆らえなかった自らの心の弱さ」と公式戦出場停止処分中の「日大アメフト部を早く復活させてあげてほしい」と記されており、そして自分はチームには戻らないことを明言しているとの報道がありました。

この問題は「いじめ」の構造そのものであると考えることが出来ないでしょうか。

小学校のあるクラス(日大アメフト部)にU君(内田監督)といういじめっ子のリーダーがいた。そのU君には子分のI君(井上コーチ)がいて、いつも二人が中心になってクラスで遊んでおり、U君の気に入らない人がいるとI君といじめたりすることが当たり前になっていた。そんなある日、隣のクラス(関西学院大学)とサッカー(アメフト)の試合をすることになった。U君はもし隣のクラスに負けたりすると威張れなくなるので、どんなことをしてでも勝たなければならないと考えた。そこでU君とI君はクラスメイトのM君(宮川選手)に「これからも僕たちと一緒に遊んでほしいなら隣のクラスのO君(奥野選手)にケガをさせろ!それができないならこれからもう一緒に遊んでやらない、そしてお前をいじめてやる。」と言ったのです。M君はいじめられたりするのが嫌だったので悪いこととは判っていながら、O君を突き飛ばしてケガをさせました。誰も見ていなかったらO君はM君に突き飛ばされてケガをしたということで、二人の問題として済まされていたことになっていたでしょう。この様な出来事はいたる所で繰り返されている「いじめ」と同じだと思うのです。

しかし今回はその様子をカメラで撮っていた人がいて大問題になりました。でももし誰もカメラで撮影していなかったら突き飛ばした証拠がありません。今回証拠があったということは神様がM君を正しい生き方に戻るチャンスを与えてくれたのだと思うのです。

そしてM君は自らの意思で、U君やI君にいじめられるのを覚悟し、さらには転校(退部)をすることをも覚悟して自分に指図したU君とI君の名前を出してO君や学校の皆に事実を伝えて謝りました。

ここで状況を整理しますとM君はU君とI君から「直接的ないじめ」を受けており、O君はU君とI君から「間接的にいじめ」を受けていることにもなると思うのです。

いじめの現場にはこのようなM君やO君がいるのです。M君やO君を助けることが出来るのは学校に於いてはクラスや部活の担任であり、友達が助けてくれることは殆どありません。M君のように親や家族に対して、友達からいじめられている様子を全て話すことが出来る子供はほんの僅かであり、ほとんどの子供は親や家族に心配をかけないようにと考え、全てを伝えることはしないのです。

今回の問題でとても残念で許し難いのは、学生を助けるべき立場にある指導者二人がいじめ行為を行ったこと、さらには理事長や学長までもが真摯にこの問題と対峙したとは言えないことです。証拠の映像が無ければ学校ぐるみで隠ぺいされていた可能性は大きいと思います。

少なくとも内田監督と井上コーチの二人がアメリカンフットボールというスポーツを行う目的をしっかりと理解できていたなら、そして単なる指導者ではなく教育者という大きな視座に立つことが出来ていたなら今回の行為は絶対に発生しなかったと思うのです。

(指導と教育の違いについては癒しの生活31をご参照頂ければ幸いです。)

今回の出来事を身近にある「いじめ」問題を見つめ直す、きっかけにしていただければ幸いです。



聖母の小さな学校・連携懇話会委員
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2018年5月22日火曜日

綾小路マシュマロ

5月はシンガポールでの「健康・介護用具サミット」と中国北京の清華大学での「日中養老健康国際会議」で講演させていただいた。素晴らしい機会を頂けたことに感謝している。北京の会議で驚いたのは、中国において老人とは60歳以上だということなので、61歳の私はもう老人ということになる。老人といえば一昨年まで、出張にて不在が多いため地域の皆様にはご迷惑を掛けながらも民生児童委員をさせて頂き、多くの老人の方々とイベントを通じて触れ合う機会を頂いた。イベントでは私はもっぱら余興担当ということで、いくつかのオリジナルネタを披露させて頂いたが、その中で特に「綾小路マシュマロ」という芸名で綾小路きみまろのスタイルと笑点のネタを少しだけパクリながら演じた「18歳と81歳物語」というネタに人気があった。これは一つの事を18歳と81歳という異なった視座で捉える面白さをネタにしている。

今月はこのネタを披露させていただき、笑っていただければ幸いに感じるところであります。

1.心がもろいのが18歳、骨がもろいのが81歳


2.羽目を外すのが18歳、歯(入歯)を外すのが81歳


3.恋で胸を詰まらせるのが18歳、餅で喉を詰まらせるのが81歳


4.恋におぼれるのが18歳、風呂でおぼれるのが81歳 


5.ぐっすり眠って疲れが取れるのが18歳、ぐっすり眠っていると脈を取られるのが81歳 


6.好きなあの人との、あの夜のことを考えるのが18歳、あの世のことを考えるのが81歳


7.就職のための就活(就職活動)をするのが18歳、人生を終えるための終活をするのが81歳


8.自動車免許を取れるのが18歳、家族から自動車免許を取り上げられるのが81歳


9.道路を暴走するのが18歳、道路を逆走するのが81歳 


10.偏差値が気になるのが18歳、血統値が気になるのが81歳


11.受験戦争を戦ったのが18歳、アメリカと戦ったのが81歳


12.ユニクロを着て楽しむのが18歳、「のらくろ」を読んで楽しんだのが81歳


13.嵐というと松本潤を思いうのが18歳、鞍馬天狗の嵐寛寿郎を思い出すのが81歳


14.東京オリンピックに出たいと思うのが18歳、東京オリンピックまで生きたいと思うのが81歳


15.風邪をひいて病院に行くのが18歳、風邪が治って病院に行けるようになるのが81歳 


16.イヤイヤと言ってかわいいのが18歳、ヤイヤイ言って嫌われるのが81歳


17.言った事を忘れるのが18歳、言おうとした事を忘れるのが81歳


18.くしゃみをすると鼻水が出るのが18歳、くしゃみをするとおならが出るのが81歳 


19.まだ何も知らないのが18歳、もう何も覚えていないのが81歳


20.自分探しの旅をしているのが18歳、旅に出て分からなくなり家族に探されてしまうのが81歳

ネタが終わってから化粧を落とし席に戻ると、隣のおばぁちゃんから「あんた何処に行っとったん?あんたがおらんうちに綾小路マシュマロのショーをやっとたんやで!面白かったで!あんたも観たら良かったのに、残念やなぁ!」とこれ以上ないお褒めの声を頂き、いい思い出となりました。そのおばあちゃんのお友達が「さっきのマシュマロさんは田中さんやで!」と説明頂いたのですが、「そんなことはない!」と頑固に締めくくって頂きました。

「老人を馬鹿にするな!」というお叱りを頂くこともなく、皆様には大らかな心でネタをお楽しみいただくことができたことに改めて感謝と御礼を申し上げる次第であります。
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2018年4月24日火曜日

教育と指導

先月号で「道」についてお伝えさせて頂いたが、改めて武道・華道・茶道などの道はすべて道徳ということに繋がり、どの道も多岐にわたる視座に立った愛情の豊かな人間として幸せに生きることだと考えると、その道の歩み方を如何に伝えるかが重要になる。私は伝え方として「教育と指導」の二つの方法があると考えているのだが、教育と指導とはどのように異なるのであろうか。
まず教育とは教育を受ける側の人の視座に立ち、その人が将来的にその個性や特性を生かしながら幸せな人生が送れるように独立自尊の生き方を愛情をもって教え育むことだと思う。そして指導とは一つのゴールを目指し、そこに到達することができるまで導くことだと思うので、指導は教育に包括されるのだと考えている。この違いは抽象的で理解し難そうに思えるが、教育は一言でいうと絶対的な一つの答えが無く、教育を受ける人の数だけの答えがあり、指導は必ず答えが存在するものだと思う。さらに、教育は受ける人が主で指導は受ける人が従であるとも言える。指導において答えというのは規則・ルール・基準といったものであり、これらが無ければどこに向けて導くのかが不明確になる。指導について分かりやすい事例として柔道があり、軽微な違反行為を行うと手をくるくる回すジェスチャーと共に指導がなされる。要するに正々堂々と戦う道を外れた場合にのみ指導が行われるわけで、規則・ルールを外れないように導く行為を指導と言うのだと思う。特に柔道においては指導を「教育的指導」と表現していることから、指導をする時にも必ず教育という広く大きな視野を基本とした上で行われるところに柔道の奥深き魅力が存在するのだと思うのである。
私は経験上、現在の日本の学校教育現場にはマニュアルやノウハウに則った指導者は多く存在しているが教育者が少ないと感じている。正解となる答えを導き出す方法を教えるだけでは指導者であり教育者とは言えない。指導の「導」と言う文字は道の下に「ちょっと」を意味する「寸」と言う字が配してあることからも指で指し示すことのできる一時的な案内を意味しているとも考えられるのではないだろうか。
私たちの住む舞鶴の天台には、梅沢先生ご夫妻が中心となって多くの心ある先生方によって運営されている不登校の子供たちを対象とした「聖母の小さな学校」があり、ここでは答えありきの指導は全く無く、純粋な教育が存在するのみである。ここでの取り組みは日本の中で最も先進的であり、全国の不登校の子供のフリースクールの模範学校となっている。
私は経営者の端くれとして従業員の一人ひとりと接する時、仕事を通じてそれぞれの個性と特性を活かした社会貢献活動が実行でき、従業員一人ひとりに幸せを実感してもらえるよう教育者という視座に立つことを肝に銘じ、決して如何なる場合も単なる指導者とならないよう努力を重ねたいと思うのである。
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2018年3月26日月曜日

お金の使い道と儲け方

 先日、大阪府社会福祉協議会から講演の依頼があり、いつもながら朝方のレム睡眠のタイミングで話の構想をイメージしていた時、「道」というキーワードを強く感じた。福祉事業の実務における原点にはやはり「利他」の心が存在し、それを道徳教育として伝え承継されていると思う。道徳のように「道」の付く言葉といえば武道・華道・茶道など多くの言葉があるが、これらはどれもそれぞれ目指すべきものは同じであると思う。その目指すべき究極の目的とは作法を基本として心技を磨き極めるというプロセスを経て、多岐にわたる視座に立った愛情の豊かな人間として幸せに生きることだと考えると、これらの道はすべて道徳ということにもなると思う。

ここで、お金にも使い道という「道」があることに気づいた。金融機関に融資を申し込むと必ず「使い道は何ですか?」と訊ねられる。何に使うかによって融資するかしないかを判断するわけで、金融機関が正しい使い道だと判断しなければ融資は受けられない。「道」というものは常に正しさが問われる側面が存在するように思う。そしてすべての「道」にはその「道」を歩む主人公の人柄が表現されるとも思うのである。お金の使い方がきれいで上手な人の周りには多くの人が集い、心豊かな人間環境という幸せな境地が永続し、そこにはおのずと「道」が築かれていくものだと感じている。世の中にはお金持ちはたくさん存在するが、単なるお金持ちというだけではこの境地に至らないばかりか、そのお金持ちの人の人間環境は「金の切れ目が縁の切れ目」を当然とした考え方の人達の臨時集会のようなもので長続きすることはなく、不安と疑心暗鬼と争いが付いてまわっているように思う。

お金というものは、たくさんあると便利なように思いがちだが決してそうではない。使い道が明確でなければどんなにたくさんのお金に囲まれていても心からの真の幸せは実感できないと思う。所詮お金は道具であり、その道具の使い方次第で豊かな生き方もできれば、不幸にもなるものである。「足るを知る」という感謝の思いがあれば適正な道具というものがおのずと理解できるはずである。

お金の儲け方という表現は存在するが、儲け道という言葉は存在しない。ということは儲け方というものはそれだけで道になり得るだけの奥の深さがあるのではなく、幅の広い様々な方法が存在し、その時々の時代背景や価値観によって多様に変化するものであることから、儲け方を使い道のプロセスの一つとして解釈することで、その儲け方の正しさの尺度も理解できると思うのである。使い道のプロセスという視座に立って儲け方を考えてみると、儲けるという文字は信者と書くように嘘偽りのない誠実な心を基本として人と接しなければ信者は生まれないということをも気づいておかなければならないと思うのである。
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2018年2月19日月曜日

寝返りの正しい理解

 私たちは睡眠中の体の動きについて単純に「寝返り」という表現をしますが、果たして寝返りとはどのような動きを指すのか、なかなか定義自体が難しいのです。敷き寝具(睡眠具)の業界においても非常に曖昧な解釈がなされており、各メーカーによって寝返りを定義する定規が不明確なのが現状です。その実例として、十数年前に女性の生理用ナプキンのテレビコマーシャルで「人は一晩に34回寝返りをする…」と表現し、さらにある敷き寝具メーカーでは「自社商品を使用すると一晩に10回の寝返りが2回に減る…」と表現しているのです。どちらも専門医の指導の下に表現しているにもかかわらず、34回と10回では3.4倍の違いがあるわけです。わかり易い表現をすれば1mの定規を30㎝というようなものなのです。このように寝返りというものは非常に曖昧なまま表現されており、一般的な解釈ですと仰臥(仰向け)から90度横に向くことを寝返りと考えている人が多いのが現状です。しかし、例えば介護の分野においては「仰臥の状態で仙骨部分に発生した血行障害を左右どちらかに向きを変えて血行障害を解除すること」を寝返りと定義しています。具体的に体の向きが何度傾けばいいのかではなく、自力で血流を確保できるだけの体の動きができればいいということです。現在の介護認定制度の問題点は、このようなところにも存在しており、曖昧な定規によって判定している限りは不公平が発生し、介護保険の要介護度にも大きな影響を及ぼすことになってしまっているのです。

  さらに、新生児の成長過程における「寝返り」については介護分野とは定義が異なっており、「身体を自分で仰臥から側臥にしてなおかつ下側の肩を抜いて伏臥になること」と定義している場合が多いのです。これはまさしく仰臥(仰向け)から伏臥(うつ伏せ)に180度向きを変えることを意味しています。要するに同じ「寝返り」という言葉でも対象者によってその解釈は大きく異なるのです。

  また寝返りを言葉として使われるのは「味方が背いて敵につくこと」であり、真反対の180度逆の立場に立つことであることを考えると、そもそもその語源は仰臥から伏臥になることであったといえます。とすると、睡眠中に仰臥から伏臥に180度向きを変えながら寝ている人はほんのわずかしかいないし、またその回数は極めて少ないことは明らかですから、現在の一般的な寝返りの解釈に誤りがあることを認めないわけにはいかないのです。

  以上のことから、この「寝返り」という曖昧な言葉を定規として使用している限り、国際的な学会で通用し難いことの危険性を感じ、私は2005年の日本睡眠環境学会において、「寝返りの定義が曖昧である限り、今後は睡眠研究分野と敷き寝具(睡眠具)の業界に於いては『体動(体すべての動きであり、どんなに曖昧な寝返りも体動に包括される)』の回数を基本定規としてとらえることが大切である」と提案させていただきました。これにより、その後は体動の回数を定規として研究開発を進めていくことが多くなってきています。

私たちが日常、何の疑問も持たずに使っている言葉も、何を伝えることを目的としてこの言葉を使うようになったのかを知ることにより、正しい言葉の使い方が理解しやすくなることが多分にあると思うのです。
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2018年1月22日月曜日

人の喜びを我が喜びとする


昨年末に私の同級生が星になった。新年早々の告別式には彼を偲ぶ多くの方々が式場に入りきらないくらい弔問いただいた。会社の経営者ならともかく、勤め人で現役でないにもかかわらず、あれだけ多くの方々がお越し頂いたのはひとえに彼の人柄の素晴らしさだと実感した。彼は大学卒業後、定年まで実直に勤め上げた勤め人の手本のような人で、定年退職をしてこれから第二の人生を楽しむ計画を立てようと考えていた矢先のがん宣告だった。闘病生活の期間がたったの半年余りという短いものであり、本人はもちろんだと思うが私にとってもとても残念であっけない時間だった。最期の日の前夜の見舞いの帰り際には、「また明日!」と私が言うと小さな声で「おぅ」といって手を挙げて答えてくれた。まさかあれが彼と私の最後のふれあいになろうとは思ってもいなかっただけに、命の儚さを改めて感じることとなった。

弔問頂いた皆さんが口々に「故人は自分のことより他人のことを優先する人だった」と話されていた。だからこそ彼を偲ぶ多くの方々にお越しいただくことができたのであり、この方々とのご縁こそが彼の素晴らしい財産だったと実感した。

彼は自分よりもまず他人を喜ばせることに喜びを感じる「利他の心」を無意識に実践できた人だったと思う。経営者はほとんど「お客さんの為に、いいものを安く販売します」と宣言し、政治家はほとんど「市民、国民の為に働きます」と宣言するが本当にそうだろうか?以前にも記したが古来より「人の為と書いて偽りと読む」と言われている。人の為と言う人は、人の為に行った行為が自分自身にとって何某かの儲けに繋がることを前提としていることはないだろうか。些細な行為にまでもその行為が自分にとって損か得かの金勘定が働いていることはないだろうか。純粋に他人を喜ばす行為を行い、そしてただ純粋にその他人が喜んでくれている姿を見て、純粋に「人のお役に立ててよかった」と安堵する心こそが「人の喜びを我が喜びとする」という「利他の心」であると思う。

具体的な事例を挙げると、親が子供に少し奮発して高価な玩具を買い与えた。一カ月もすると子供はその玩具に飽きてしまい遊ばなくなった。すると親は「なんで遊ばないの!あなたの為に買ったのよ!」と言うが、本当にそうだろうか?親は本当は子供の為に買ったのではなく、自分のために買ったことに気づいていない。なぜなら高価な玩具を嬉々として遊んでいる子供の姿を見て、純粋に「よかった!」と安堵する自分を実感し、自分自身が喜ぶために買ったのだと思う。要するにどんな行為も全て自分自身が喜びを実感するために行う自分のためのものであり、決して人の為ということはないということである。

私も彼のように意識をせずとも「利他の心」が実践できるよう彼を手本として人生を歩みたいと思う。

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