株式会社パシフィックウエーブ 代表取締役・田中啓介のブログです。

2018年9月28日金曜日

超能力とクリスタルボール

10月6日16時半から五老ヶ岳でクリスタルボールを体感いただくイベントをFM舞鶴さんの企画で開催させて頂く。本来は9月15日の予定であったが雨の為に延期となっていた。私がクリスタルボールを手に入れたのは約25年前にアメリカンインディアンの聖地であるアリゾナ州セドナから取り寄せたのもで、当時は日本にある最も大きなサイズのものであったと記憶している。インディアンも儀式のときにクリスタルボールを使用しているとのことで、その音色は非常に宇宙的で神秘的ともいえる。音楽を聴くというよりは音色を全身で吸収するという表現がふさわしいと思う。人間の体に存在する七つのチャクラと共鳴し、体が本来有している自然治癒力や自律浄化機能を活性させることにもつながり、自分らしく生きることへの自信が溢れてくる、そんな不思議なモノなのである。五老ヶ岳でのクリスタルボールのイベントはもう10年以上前に一度だけ開催させて頂き約100名の方々にご体感いただくことが出来た。演奏中にUFOらしき飛行物体を見たという方があり、とても盛り上がった。今回のイベントでは私の宇宙観のお話もさせて頂くと共に、FM舞鶴の番組の「寝ても眠れない日本人へ」の公開録音も開催予定である。

チャクラは肛門の少し前あたりに第1チャクラ(赤色)があり、丹田が第2(オレンジ色)、みぞおちが第3(黄色)、胸の真ん中が第4(緑色)、喉ぼとけの下あたりが第5(青色)、額の真ん中が第6(藍色)、頭頂が第7(紫色)となる。それぞれに特徴的な意味が存在し、これらチャクラを意識し稼働させるイメージを持てば生活リズムが安定し、健康に生活しやすくなる。


私は子供のころから超能力的な現象による不思議体験を重ねてきただけにこのクリスタルボールの持つ不思議な力に魅せられた。超能力というととても縁遠く感じるが、人はみんな超能力を持っていると言って過言ではない。なぜなら超能力を英語で表現するとESP (Extra Sensory Perception:感覚外知覚)ということであり、エキストラという言葉はレギュラーにたいして表現されると考えると、人間のもつレギュラーの感覚は五感であるから、この五感に属さない知覚は第六感として全て超能力ということで大らかに解釈すればいいと考えている。そしてこのESPにerをつけてESPer(エスパー)超能力者というわけである。差はあれども人間はみんな無意識のうちに五感以外の知覚を活用して生きていると思うので、みんな超能力者と言えると思うのである。クリスタルボールを体感いただきチャクラを活性化させることで、意識して超能力を活用することの面白さに気づいていただく方が増えるとするなら、まさに望むところであり、その方とのご縁を末永く育ませて頂ければ幸いである。

read more "超能力とクリスタルボール"

2018年8月24日金曜日

知覧の特攻から学ぶ 戦争の愚かさ

8月は広島・長崎が被爆し、そして終戦となったことから戦争についてしっかりと考える月であると思う。私は毎年8月になると鹿児島県の知覧で体験したことを思い出す。そこには知覧特攻平和会館があり、そのすぐ近くに富屋食堂がある。この食堂を経営していたのが鳥濱トメさんという、特攻隊員にとってお母さん的な存在であった。この食堂は軍の指定食堂にもなっていたので知覧から出撃した殆どの隊員がここを訪れている。

昭和20年6月5日、明朝に出撃することになった宮川三郎軍曹(のち少尉)が富屋食堂で二十歳の誕生日祝ってもらっていた。そして彼は「俺は明日、この時間にホタルになって帰ってくるので帰ってきたら同期の桜を歌ってくれよ」と言い残して飛び立った。そして翌日トメさんと娘と出撃前の隊員たちが食堂にいた時、扉の隙間から一匹のホタルが舞い込んできた。娘さんが「宮川軍曹が帰って来られました‼」と叫び、全員で涙を流しながら同期の桜を歌った。それからホタル館富屋食堂と呼ばれるようになった。

もう一人私が忘れることが出来ない特攻隊員として藤井一中尉(のち少佐)がいる。彼は熊谷陸軍飛行学校で「精神訓話」の教官をしていた。当時、精神訓話といえば、軍人精神を叩き込む大切な教科であり、そんな彼は「事あらば敵陣に、敵艦に自爆せよ。俺もかならず行く」と口癖のように言っていた。(多くの他の教官も同じことを言っていたが実行した者はほとんどいなかったとのことである)

そして自分の教えを守り、教え子のほとんどが戦死していく状況にいたたまれず、彼は軍本部に「自分も出撃させてくれ」と申し出る。しかし彼はシナ事変で腕を負傷しており、飛行機の操縦は難しい状態であったことに加え、妻子があり、有能な教官であるため出撃させることを軍本部は認めなかった。しかしながら藤井中尉は何度も何度も出撃申請をした。そのことを知った妻ふく子は思い止まるよう藤井に懇願したが夫の考えが変わらないことを悟ったのである。そして藤井が週番司令として一週間宿泊勤務するため家を留守にした1944年12月14日、ふく子(24歳)は二人の子供に晴れ着を着せ荒川に身を投じたのである。翌朝、次女千恵子ちゃん(1歳)をおんぶし、長女一子ちゃん(3歳)の手と自分の手をしっかりとひもで結んだ3人のお雛さんのような遺体が発見された。自宅で藤井が見つけたふく子の遺書には「私たちがいたのでは後顧の憂いになり、存分の活躍ができないことでしょう。お先に行って待ってます」と書かれていた。

この後、軍本部は藤井中尉の要望を聞き入れ出撃を認めた。出撃近い日に藤井も富屋食堂にて食事をしたとのことである。そして長女の一子ちゃんに宛てて遺書を残している。

『冷え十二月の風の吹き飛ぶ日、荒川の河原の露と消し命。母とともに殉国の血に燃ゆる父の意志に添って、一足先に父に殉じた哀れにも悲しい、然も笑っている如く喜んで、母とともに消え去った命がいとほしい。父も近くお前たちの後を追って行けることだろう。嫌がらずに今度は父の暖かい懐で、だっこしてねんねしようね。それまで泣かずに待っていてください。千恵子ちゃんが泣いたら、よくお守りしなさい。ではしばらく左様なら。父ちゃんは戦地で立派な手柄を立ててお土産にして参ります。では、一子ちゃんも、千恵子ちゃんも、それまで待ってて頂戴。』

1945年5月28日、腕に障害があり操縦ができない藤井一中尉は教え子の小川彰少尉の操縦機に通信員として搭乗し、アメリカ駆逐艦ドレクスラーに命中し特攻死(29歳)したのである。

ある記録によると、特攻作戦を発令したといわれる海軍中将・大西瀧治郎は自ら特攻を「外道(げどう)の戦法」といい、ここまでやったら天皇陛下が「もう戦争を止めよう」と言うだろうと期待していた。しかし、その願いは届かず、天皇は「体当たり機はよくやってくれた」と答えたことによって特攻作戦は続行された。さらに、特攻隊員第一号として指名された(志願ではない)関行男大尉は「僕のような優秀なパイロットを殺すなんて、日本もおしまいだ。天皇陛下のためとか日本帝国のためではなく妻を護るために行く。最愛の者のために死ぬ」と言い残して出撃した。しかし関大尉が特攻出撃した翌日、新聞は「神風・関大尉!日本を守る」と報じたのである。真実を伝えることが難しい状況であったとはいえ新聞社の何と愚かな行為であろうか。現在の日本においても金銭尺度を重視する人々によってこれに類する行為がなされないようにしなければならないと思う。

人として生きることの目的を考えた時、それはすべての人々がそれぞれ幸せに生きることであると思う。万人一人ひとりの様々な視座で、そして様々な視点で見ても戦争という行為は真の幸せには通じないと思う。宮川軍曹と藤井中尉の人生を自分自身に置き換えてみることで戦争の愚かさをしっかりと肝に銘じたいと思うのである。
read more "知覧の特攻から学ぶ 戦争の愚かさ"

2018年7月24日火曜日

自然災害から何を学ぶのか

マスコミは「日本全体が地震、大雨、酷暑とたて続けに自然災害に見舞われている」と報じており、常に災害対策を意識して準備しておくことはとても重要なことである。しかしこの状況を自然災害と言っていいのかと疑問に思う。これには二つの理由があり、一つは地球誕生から約46億年という永い時間経過の中で地球はその表面の地形という表情を常に変えながら今日に至っている。地形の変化があるときは必ず地震が伴うわけで、地震は地球が生きていることの証であると思う。そもそも人間も地球という環境の構成要素の一つであると考えると、これを災害と言えるのかということである。人間の視座に立てば災害となるわけだけれど、地球の視座に立てば日常の活動ということになる。我々は古代の人々のようにもう少し地球に対して畏敬の念を持つことが必要なのではないかと思う。

さらに約46億歳という地球の現年齢を人間の寿命としての80歳に当てはめてみると、人間の1年間が地球にとっては5,750万年に値し、1時間が6,564年、1分間が109年ということになり、人間にとっての1秒間は地球にとって2年近い時間ということになり、人間の寿命である80年は地球の現年齢においてたった約40秒という一瞬にしか過ぎないことになる。特に今日までの60年(地球の現年齢を人間の寿命に置き換えると約30秒)という地球にとって一瞬の間に人間は地球の健康に被害をもたらす様々な自然環境破壊を行ったことになる。79年364日23時間59分30秒前には殆ど存在していなかった自動車・原子力発電・電気製品・プラスティック製品などの自然素材ではない人工加工物の製造過程やそれらの使用によって温暖化やオゾン層の破壊などを発生させ地球の健康状態を悪化させたということである。

ようするに我々人間が地球の生涯に影響を及ぼすような大事故を一瞬のうちに発生させてしまったということであり、その大事故によって地球の健康状態が悪くなった結果として酷暑や大雨をもたらしているにも拘らず、原因をつくった加害者である人間が被害者である地球の活動に対し自然災害というのはあまりにも身勝手と言えるのではないだろうか、というのが二つ目の理由である。

よく似た事例として、がん細胞は自分が成長することで自分に栄養を与えてくれる人間の体まで滅ぼしてしまい、その結果自分自身も死んでしまうことになる。永く生きることを考えることができる細胞ならどこかの時点で人体への影響を考え、調和のとれた共生できる生き方に切り替えできるはずである。我々人間は地球の構成要素という一つの細胞として地球に対して正しく切り替えた対応ができる智恵と力と勇気も持っていると私は信じている。そしてそれを実践するには政治や経済活動すべてにおいて金銭尺度を外し、「利他の心」を基本とすることが特効薬だと考えるが如何であろうか。

商売においても目先の利益を追求しすぎるとお客さんが見えなくなり、お客さんから必要とされなくなり倒産してしまうことになるが、これもがん細胞の生き方と同じだとは言えないだろうか。
read more "自然災害から何を学ぶのか"

2018年6月26日火曜日

日大アメフト問題といじめ

日本中を騒がせた日本大学アメリカンフットボール部の悪質タックル問題で、6月21日に関東学生アメフト連盟はタックルをした宮川選手からに反省文を受け取り、そこには「指示があったとはいえ逆らえなかった自らの心の弱さ」と公式戦出場停止処分中の「日大アメフト部を早く復活させてあげてほしい」と記されており、そして自分はチームには戻らないことを明言しているとの報道がありました。

この問題は「いじめ」の構造そのものであると考えることが出来ないでしょうか。

小学校のあるクラス(日大アメフト部)にU君(内田監督)といういじめっ子のリーダーがいた。そのU君には子分のI君(井上コーチ)がいて、いつも二人が中心になってクラスで遊んでおり、U君の気に入らない人がいるとI君といじめたりすることが当たり前になっていた。そんなある日、隣のクラス(関西学院大学)とサッカー(アメフト)の試合をすることになった。U君はもし隣のクラスに負けたりすると威張れなくなるので、どんなことをしてでも勝たなければならないと考えた。そこでU君とI君はクラスメイトのM君(宮川選手)に「これからも僕たちと一緒に遊んでほしいなら隣のクラスのO君(奥野選手)にケガをさせろ!それができないならこれからもう一緒に遊んでやらない、そしてお前をいじめてやる。」と言ったのです。M君はいじめられたりするのが嫌だったので悪いこととは判っていながら、O君を突き飛ばしてケガをさせました。誰も見ていなかったらO君はM君に突き飛ばされてケガをしたということで、二人の問題として済まされていたことになっていたでしょう。この様な出来事はいたる所で繰り返されている「いじめ」と同じだと思うのです。

しかし今回はその様子をカメラで撮っていた人がいて大問題になりました。でももし誰もカメラで撮影していなかったら突き飛ばした証拠がありません。今回証拠があったということは神様がM君を正しい生き方に戻るチャンスを与えてくれたのだと思うのです。

そしてM君は自らの意思で、U君やI君にいじめられるのを覚悟し、さらには転校(退部)をすることをも覚悟して自分に指図したU君とI君の名前を出してO君や学校の皆に事実を伝えて謝りました。

ここで状況を整理しますとM君はU君とI君から「直接的ないじめ」を受けており、O君はU君とI君から「間接的にいじめ」を受けていることにもなると思うのです。

いじめの現場にはこのようなM君やO君がいるのです。M君やO君を助けることが出来るのは学校に於いてはクラスや部活の担任であり、友達が助けてくれることは殆どありません。M君のように親や家族に対して、友達からいじめられている様子を全て話すことが出来る子供はほんの僅かであり、ほとんどの子供は親や家族に心配をかけないようにと考え、全てを伝えることはしないのです。

今回の問題でとても残念で許し難いのは、学生を助けるべき立場にある指導者二人がいじめ行為を行ったこと、さらには理事長や学長までもが真摯にこの問題と対峙したとは言えないことです。証拠の映像が無ければ学校ぐるみで隠ぺいされていた可能性は大きいと思います。

少なくとも内田監督と井上コーチの二人がアメリカンフットボールというスポーツを行う目的をしっかりと理解できていたなら、そして単なる指導者ではなく教育者という大きな視座に立つことが出来ていたなら今回の行為は絶対に発生しなかったと思うのです。

(指導と教育の違いについては癒しの生活31をご参照頂ければ幸いです。)

今回の出来事を身近にある「いじめ」問題を見つめ直す、きっかけにしていただければ幸いです。



聖母の小さな学校・連携懇話会委員
read more "日大アメフト問題といじめ"