株式会社パシフィックウエーブ 代表取締役・田中啓介のブログです。

2016年1月15日金曜日

チベットでの出会い㊦

その高僧から「あなたはどこから来たんだ」と聞かれたので「日本です」と答えると「そうか。遠いところからわざわざチベットに来てくれたのですね。せっかくだから一つお話を致しましょう」と言って、禅問答のようなことが始まったのです。
高僧「人間は生まれたときは、どうして生まれてくる?」
私「……、生まれたとき、大声で泣いていたはずです」
高僧「はい。たしかにそうですね」
「とくに悲しくはなかったはずなのに、泣いて生まれてきた。だが、その時の両親や祖父母はあなたの誕生をどのように受け止めたと思いますか」
私「……。笑顔だと思います」
高僧「そうですね。あなたは泣いているのに、なぜ周りは笑顔なんだろうと考えるのが大切なのです。これからあなたが一生懸命生きて、本当に素晴らしい人生を送れたとすれば、息を引き取る瞬間というのは、安堵の気持ちで、ほんのりと笑顔の状態で死にたいと思いませんか」
私「はい、そう思います」
高僧「でも、そのときの周りの様子を想像してみてください。子どもや孫たち、家族一同がたぶん泣いて引き留めようとし、あなたの死に対して悲しみを表現するでしょう。これは、あなたが生まれたときとは逆の状態が起こっているということです」「つまり、人生のはじまりと終わりだけを見ても、自分の演じている行為と周りの演じる行為が全く正反対だということです。『生きているということは自分の望む正反対のことが起こること』と思えば、苦しみが減るものです」
 この言葉は私の腹にストンと落ちました。確かに、その通りだと思ったのです。
 ですが、自分の人生の中で思うようになったこともありました。自分の思うようになったときには素直に「自分の思っていることを形にしていただきありがとうございます」と、神や仏や宇宙に対して、手を合わせて感謝の気持ちを述べることが大切なのだと思います。
 感謝することで、人生の次のステージが様々な導きによって用意してもらえるのではないか、ということを強く感じることができました。
「人生思うようにいかないことに不満を言うのではなく、これを修行として感謝の念で捉え、思いが実現したときには徹底的に素直に感謝の気持ちを表すことを続けていければ、必ずいい人生であったと思える最後が迎えられるはずだ」ということを、私はチベットで確認作業として学ばせてもらうことができました。