株式会社パシフィックウエーブ 代表取締役・田中啓介のブログです。

2018年7月24日火曜日

自然災害から何を学ぶのか

マスコミは「日本全体が地震、大雨、酷暑とたて続けに自然災害に見舞われている」と報じており、常に災害対策を意識して準備しておくことはとても重要なことである。しかしこの状況を自然災害と言っていいのかと疑問に思う。これには二つの理由があり、一つは地球誕生から約46億年という永い時間経過の中で地球はその表面の地形という表情を常に変えながら今日に至っている。地形の変化があるときは必ず地震が伴うわけで、地震は地球が生きていることの証であると思う。そもそも人間も地球という環境の構成要素の一つであると考えると、これを災害と言えるのかということである。人間の視座に立てば災害となるわけだけれど、地球の視座に立てば日常の活動ということになる。我々は古代の人々のようにもう少し地球に対して畏敬の念を持つことが必要なのではないかと思う。

さらに約46億歳という地球の現年齢を人間の寿命としての80歳に当てはめてみると、人間の1年間が地球にとっては5,750万年に値し、1時間が6,564年、1分間が109年ということになり、人間にとっての1秒間は地球にとって2年近い時間ということになり、人間の寿命である80年は地球の現年齢においてたった約40秒という一瞬にしか過ぎないことになる。特に今日までの60年(地球の現年齢を人間の寿命に置き換えると約30秒)という地球にとって一瞬の間に人間は地球の健康に被害をもたらす様々な自然環境破壊を行ったことになる。79年364日23時間59分30秒前には殆ど存在していなかった自動車・原子力発電・電気製品・プラスティック製品などの自然素材ではない人工加工物の製造過程やそれらの使用によって温暖化やオゾン層の破壊などを発生させ地球の健康状態を悪化させたということである。

ようするに我々人間が地球の生涯に影響を及ぼすような大事故を一瞬のうちに発生させてしまったということであり、その大事故によって地球の健康状態が悪くなった結果として酷暑や大雨をもたらしているにも拘らず、原因をつくった加害者である人間が被害者である地球の活動に対し自然災害というのはあまりにも身勝手と言えるのではないだろうか、というのが二つ目の理由である。

よく似た事例として、がん細胞は自分が成長することで自分に栄養を与えてくれる人間の体まで滅ぼしてしまい、その結果自分自身も死んでしまうことになる。永く生きることを考えることができる細胞ならどこかの時点で人体への影響を考え、調和のとれた共生できる生き方に切り替えできるはずである。我々人間は地球の構成要素という一つの細胞として地球に対して正しく切り替えた対応ができる智恵と力と勇気も持っていると私は信じている。そしてそれを実践するには政治や経済活動すべてにおいて金銭尺度を外し、「利他の心」を基本とすることが特効薬だと考えるが如何であろうか。

商売においても目先の利益を追求しすぎるとお客さんが見えなくなり、お客さんから必要とされなくなり倒産してしまうことになるが、これもがん細胞の生き方と同じだとは言えないだろうか。